これまでたくさんの本を読んできました。
それで分かったのは、
「人生におけるだいたいの悩みは本に解決法が書いてある」ということです。
子供の頃は童話やミステリーなどを読んでいたのですが、大人になってからは読まなくなりました。
悲しいことに、読もうと思っても子供の頃のようにその世界に入り込むことができないのです。
代わりに、健康の本や、ライフハック、片付け、レシピ本、旅行記、エッセイ、自己啓発本など、
何かしら生活の役に立つような本を好んで読むようになりました。
解決したい問題が先にあって読む「課題解決型」の読書と言われているものです。
私は人生で悩む時、家族や友達に相談するよりも、まず、本を読みます。
失恋で落ち込んだ時、
社会の中での自分の性格や個性について模索する時、
原因の分からない体調不良に悩まされた時、
パートナーとの関係を良くしたい時、
愛犬の病気や手術での不安をどう乗り越えたらいいのか、
そういう壁にぶち当たるたびに貪るように本を読み、答えを探しました。
友達は少ない私ですが、私にとって本は、親友やカウンセラーのようなものかもしれません。
私1人の人生で経験することはたかが知れているので、必ずその対処法が書かれた本が見つかります。
本が見つかることで、「私の悩みは人類共通の悩みなのだな。」ということが分かり、また、それを専門
に研究している方がいることが分かり、それだけでも安心するものです。
見つからないのは、そういう本が存在しないのではなく、探し方が足りないだけです。
だから私は図書館司書として、本の検索を依頼された場合には、自分の未熟さのせいで見逃す本がないよ
うに、いろいろな角度から本の情報を提供したいと思っていました。
例えば、「老後」のことが書かれた本を探しに来たお客さんがいたとして、一言で「老後」と言っても、
人生訓の棚、社会福祉の棚、エッセイの棚、ルポルタージュの棚、医療の棚と分かれています。
なので、1つの棚だけ見て「ない」と諦めてしまわないで、図書館のいろんな棚を見てみると良いと思います。
長年そういう風に本を探していると、そのうちに直感的に自分の探し求める答えの書いてある本が見分け
られるようになります。
たくさんの本の中で、その本のタイトルだけが異様に目立って見える感じです。
あと、これは不思議なのですが、本のタイトル的には違うジャンルの本なのに、なぜか気になって読んで
みると自分の知りたかったことがズバリ書かれている。
そんな経験を何度もして、自分でも不思議で、これはもう「運動神経」というか、職業的な経験から得た
「直感」と呼ぶしかないものだと思います。
話が逸れてしまいましたが、そういう「課題解決型」の本を、私的には真剣に読んでいるつもりでした。
でもある時、昔読んだ自己啓発本を見返す機会がありました。
本の内容を全然覚えていなくて驚きました。
読んだときはあんなに感動して、すぐに実践したい!
そう思ったのに、読み終わって本を閉じた後は、すっかり忘れてしまったようです。
どこかの本に、
「ダイエット本は、読んだだけでは痩せない。」ということが書いてありました。
まさに、その通りだと思いました。
それから、いろいろ試行錯誤を重ねて、行き着いた方法は、
「3段階読書法」です。
まあ簡単に言うと、3回読むってことです。
と言っても、実際に3回も読むわけではありません。
どうするかと言うと、
1段階目は、普通に読む。 この時に「おっ」と思った文章に付箋を貼りながら読む。
2段階目で、付箋のついているページだけ開いて、覚えておきたい文章にマーカーでアンダーラインを引く。
3段階目は、1ヶ月後くらいにアンダーラインの部分の文章だけ、再度目を通す。
これで3回、同じ文章を読むことになって、そうすると結構覚えます。
その後も、3度と言わず、月に1度とか、年に1度とか、折に触れて見返します。
そうすると、単なる短期記憶から長期記憶の方へ移る感覚で、別に思い出そうとしなくても、当たり前の常識として自分の頭の中にある感じです。
そうして、生活の中でそれを意識しながら生活することによって、
長期記憶すらも超えて、元から自分の考えだった、という感覚になってきます。
そうなれば、その1冊の本は完全に自分の血肉になったも同然です。
そうやって、自分が少しずつ成長していく感じが、私はとても好きです。